今こそ仕事に楽しさ | 能登で働く

今こそ仕事に楽しさ

「少し背伸び」で新事業

「仕事がほしい。それが何よりの支援になるんだ」。2024年の年初、エフラボ(七尾市)の工場長を務める木村元伸さんは、全国の取引先との電話で呼び掛け続けた。

これまで他社に真似できないオンリーワンの仕事をしていると自負してきた木村さん。しかし、この時は「本当にそうだろうか?ここで関係が切れたら、もう戻ってきてくれないかもしれない」と逡巡したという。

社員も工場も被災した。でも、人はいるし、設備は動いた。仕事は何とか継続できる。地震があったことは全国に知れ渡っているが、被災状況は地域や会社、個人によって異なっていた。「働きたい」「働ける」という社員もいる中で仕事がなくなれば、支えを失った人材は去っていき、取引先は他社へ鞍替えしてしまうかも知れない。木村さんの言葉は、そうした危機感からくる訴えだった。

【あの日】 「どこから手をつければ…」

1月1日の午後を、私は自宅のあるかほく市で迎えた。大きな揺れを感じた瞬間は思考が入り乱れた。家族は無事か。部下は大丈夫か。倉庫は問題ないか。すぐに社内の連絡網を回し始めた。職人の出身地は全国に及ぶため安否の確認には時間がかかったが、全員の無事が分かってホッとした。

翌2日の朝、幹部だけで工場に入って唖然とした。「どこから手をつければいいのか…」。無傷のものは何一つないのではないかという酷い有り様だった。少しずつ片付けながら機械が動くか確認したところ、幸いにも業務を継続できることが分かった。

5~8日は出社可能な社員のみの勤務とし、掃除や取引先との連絡、設備の応急処置に費やした。9日から本格的に業務を再開できたものの、いまだに物流網が寸断されていたため、出荷する製品は自分たちで金沢まで運んだ。

遅れながらもスタート

被災後に顔を合わせた社員は皆、先行きに不安を感じているようだった。そこで私は「全員が被災者になった。できる人ができることをフォローし合いながら、もう少しずつ背伸びしてやっていこう。幸いにも、私たちには今できる仕事があるから」と伝え、辛い境遇で無理をしないよう、でも前を向けるなら向こうと呼び掛けた。

取引先にも、自社が置かれた状況を正直に打ち明けた。椅子の修理はもともと年度末に向けて注文が増える。しかし、今年はどうしても被災した社員の働きが制限される。そうした背景も含めて包み隠さずに自社の現状を伝達し、理解を求めた。

ところが、被災直後は気が張って「ハイ」になって動けた社員も、時間が経つと疲労の色が濃くなってくる。「こんな時期こそ、新しいことに取り組んで『仕事って楽しい』と思う経験が必要じゃないか」。数年前から準備を進め、本当なら1月にリリースするつもりだった新プロジェクトを、少し遅れてスタートさせることにした。

【これから】 「タネ」で雰囲気を変える

「Cラボ」と称する新プロジェクトでは、未使用のまま眠っている家具を手直しし、BtoCで販売する。BtoBが中心だったエフラボにとっては大きな挑戦で、一定量の商品が集まったら「第〇弾」と銘打ってまとめて売り出す計画だ。

いったん保留した新事業を始めた背景には、応援消費の機運の高まりもあった。「能登で作ったものを買わせて」「何カ月でも待つよ」。背中を押してくれたのは、そんな声の数々。そこで、第1弾には売り上げの全額を復興に充てるというテーマ性を持たせた。

もちろん、すぐに軌道に乗るかは分からないし、これだけ大変な状況下で全ての社員が乗り気なわけではないだろう。でも、今は停滞しかねない社内の雰囲気をプラスに変える「タネ」が必要だと思っている。その「タネ」を人と捉えるなら自分でも部下でも良い。物事と捉えるなら、このCラボがきっかけとして機能すると嬉しい。

能登だからこそできる仕事

 「コスパ」「タイパ」という言葉に象徴されるように、近年は「効率の良さ」がもてはやされる風潮がある。機械化や自動化による生産性の向上は「どうやって作るか」を追求しており、その文脈では「どこで作るか」「誰が作るか」が軽視されやすい。

この点、木村さんはデジタルだけでなくアナログも尊ぶことに能登の会社としての活路を見出している。今の能登には左官職人や宮大工といった技術者がまだ残っており、エフラボではそうした人材を「能登でしかできない仕事」を確立するために欠かせないと捉えている。

だからと言って専門人材しか採用しないわけではない。求める条件は「情熱があること」。現在は18~82歳の社員が学び合いながら働いている。バックグラウンドはさまざまで、単一の価値観では統率できない。それは難しい点でもあり、組織の特長にもなっている。

人の気持ちや個性を大切にしながら、その多様な人たちが近い距離感で共存する環境というのは、能登という地域そのものだ。「私たちにはできる。負けない」。木村さんが全国の取引先にみせた「背伸び」は、大災害に遭ってなお立ち上がる能登の人々の気骨を代弁しているようにも聞こえる。

(聞き手は国分紀芳。インタビューは2024年2月末に行いました)
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